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代々木忠プロフィール

どちらも選べない彼女の苦悩

 ロケ2日目の晩、その若い芸者と酒を酌み交わした。ふたりで酒を飲みながら、彼女の抱えた悩みを私は聞いていた。彼女はお金で自分を自由にしている男を憎んでいる。だが、その憎んでいる男から認められなければ、彼女は芸者としてやっていけない。ふだんはボトル1本飲んでもケロッとしているという彼女が、3分の1のところで酔いつぶれて寝てしまった。

 

 翌日、バイブで感じはじめた彼女に、昨夜酔いつぶれたお仕置きと称して私はロウソクをかけた。気持ちがポジティブになっているとき、どんな刺激も快感を増幅する助けとなる。ロウソクをかけながら、私は「外側につけたものを全部捨てて、ただの女に戻れ」と心の中で念じていた。彼女は生まれて初めてのオーガズムを体験した。

 

 失神から覚めた彼女に、私は言った。「今を楽しんでごらんよ。もしも楽しめなかったら芸者をやめればいいじゃない」。

 

 本当の自分を殺し、仕事として芸者をしているかぎり、男は喜ばないし、なによりも自分がつらい。だが、仕事を忘れてその瞬間を楽しむことができれば、男はそんな彼女が愛しくなるはずだと、私は考えていた。人にはそれぞれ置かれた環境がある。その中で、みんな幸せを見つけようと生きているのだ。

 

 ところが、撮影から4カ月が過ぎたころ、彼女から一通の手紙が届いた。ロサンジェルスからのエアメールだった。手紙には「夜は日本人クラブで時給8ドルとチップで働き、昼は演劇と英語の学校に通っている」と書かれていた。芸者の家に生まれた彼女は、芸者としての幸せを見つけるしかないと、どこかで自分が思い込んでいたことに、私はそのとき気がついた。

 

 彼女の手紙は、自分の人生を歩みはじめた者のみが得られる自信と喜びに満ちていた。

 

『色即是空』より


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