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代々木忠プロフィール

いじらしい小さな戦士

 彼女と私の間にあるテーブルには、1枚の名刺が置かれていた。自己紹介代わりに、彼女が投げ出した名刺だ。だれもが知っている大手の銀行。これまで自分の職業を隠してビデオに出演した銀行員はいたかもしれないが、こういう女性は初めてだった。

 

 「一流銀行に勤める私は、アダルトビデオを撮っているあんたたちとは違うんだよ」というのが、彼女の態度にはよく表われていた。彼女はお金のためにビデオに出ると言う。話をしていくと、彼女にはつきあっている彼がいることがわかった。彼のために浮気はしないと言う。
 
 私は、ビデオに出るのは浮気ではないのかと聞いた。彼女は、お金をもらえば浮気じゃあないと言った。変な理屈だ。面白がって私はその矛盾を追及していったが、結局彼女は答えられなくなってしまった。私は彼女を撮ってみたいと思った。
 
 ロケ2日目、彼女が突然、帰りたいと言い出した。「もう私、できない」と。「じゃあいい。できないものを無理に撮ってもしょうがない」とだけ言って、私は撮影用の機材を片づけ、さっさと車に積み込んだ。
 
 私はもともと彼女が帰る気などないことに気づいていた。このロケで彼女の代役はいないわけだし、彼女にしてみれば自分が「帰る」と言い出せば、私が困って説得するだろうと思っていたに違いない。実際、驚いた彼女の顔には「えっ、そんなんじゃないのに、ちょっとわがままを聞いてほしかっただけなのに」と書いてあった。
 
 帰路につく前、彼女と2人で近くのコンビニまでジュースを買いに行った。コンビニで買ったプリンを食べた彼女が言った。「私、プリン大好き。プリン食べたら機嫌なおっちゃった」。プリンがいいエクスキューズになり、撮影は再開された。
 
 彼女は一見とてもわがままな子だったが、私は彼女が可愛かった。彼女は愛に飢えていたし、本当は人に甘えたくて、人から認めてほしかったのだ。でも、自分のSOSをツッパることでしか表現できない。本当は素直になりたいくせに、それができない。一流企業に入れさせるために、幼いころから親が甘えさせなかったのだろうと、私は思った。どういうふうに甘えたらいいのかが、彼女にはわからないのだ。
 
 銀行の笑顔の向こう側にあるものを、彼女はとても嫌悪していた。素顔はやさしくて、感性の豊かな子。でもそんな子が、今は生きにくい時代なのかもしれない。
 
 初めて会ったとき、彼女が銀行の名刺を私の前に投げ出したのは、なめられまいとする精一杯の虚勢だったのではないだろうか。そんなふうにしかできない子だから、銀行でも風当たりはきっと強かったのだろう。だが、世の中の風潮に逆らわず、いい子ちゃんで生きている子が多いなかで、とても彼女がいじらしく思える。
 
 自分の花を咲かそうと七転八倒している小さな戦士を、「おまえはがんばってるよ」と、私は応援してやりたい。
 
『色即是空』より
 

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