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代々木忠プロフィール

瞬間の連続が永遠である

 ずいぶん昔、浅草に村田凡児というストリップの有名な振付師がいた。私の過去のところでも書いたが、彼は私が田中淳一というコメディアンの家に居候していた時の麻雀仲間でもある。みんなからは「凡ちゃん先生」と呼ばれていた。私が出会った頃はもう高齢だったけれど、いろいろな所で振付をし、多くの踊り子を育てた人だった。

 

 ある時、凡ちゃん先生は一人の若い踊り子に恋をしてしまった。彼が恋した娘は、ちょっといい男がいると、突然出ていったまま何日も帰ってこない。凡ちゃん先生は、

 「あいつ、どこ行ってんのかなぁ。温泉でも行ってんのかなぁ」

 などと言いながら麻雀を打っている。彼は一番麻雀が弱かった。そんな凡ちゃん先生のひとり言が出ると、一番麻雀の強い逗子とんぼあたりは、

 「ほんとバカだよなぁ、バカだよっ。男もこうなっちゃあ、しまいだね」

 なんて平気で言っている。すると、女の子の派遣業を一人で切り盛りしている「オッカア」こと田中夫人は、

 「あんたもまだ青いね」

 と決まって逗子とんぼに言うのだった。私はその時、オッカアが凡ちゃん先生を哀れに思い、一人加勢しているものとばかり思っていた。

 

 やがて、飛び出していった若い踊り子からは、出ていったのと同じくらい唐突に、みんなが忘れかけた頃、電話がかかってくる。凡ちゃん先生は電話口で、

 「どこにいるの? うん、うん、今から迎えにいくからね」

 なんて言いながら、一人うなずいている。でも、戻ってきた娘は、2、3カ月もすると、懲りずにまたいなくなった。これがしょっちゅうだから、まわりのみんなにはもう有名な話だった。

 

 「この場所にはどういうふうに行ったらいいのかねぇ。わしゃ、わからんのじゃけど」

 と私も何度か聞かれたから、その都度、電車の乗り方とかを教えてあげていた。でも内心は、情けない男だなぁと私も思っていたのだ。

 

 あとで人から聞いた話だが、凡ちゃん先生が亡くなる時にはその若い踊り子が看取ったそうである。彼はその娘を本当に癒してあげたに違いない。数多くの踊り子たちに接して、彼は深いところで人間を知っていたのだ。私は情けないなぁと思っていたが、彼は私などはるかに超えていた。女の子を束ねるオッカアは、とうにそこのところを見抜いていたのだろう。

 

 凡ちゃん先生はその娘を心から愛し、自分も本当に幸せだったに違いない。飛び出した彼女が必ず彼のもとへ帰ってきたのも、彼が自由にしてあげていたからなのだ。

 

 人は人を縛れない。独占することなどできないのである。では、いったい恋愛において、私たちは何ができるというのだろう。

 

 できるのは、恋愛の瞬間瞬間を楽しむことだけである。彼女と喫茶店でコーヒーを飲みながら話をしている、その瞬間が恋愛なのだ。彼と映画を見て、ともに笑いともに感動している、その瞬間こそが恋愛なのだ。だが、瞬間瞬間を楽しむことができれば、結局、永遠に別れはやってこないのである。

 

『オープン・ハート』より


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