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代々木忠プロフィール

妄想の世界と現実の世界

 キスしたくない、見られたくない、さわられたくない、なめられたくない、そんな彼女がアダルトビデオの女優だという。実際、3本の作品に主演していると聞いて、私はびっくりしてしまった。そして同時に、彼女の内側をのぞいてみたくなった。

 

 現場で男優と彼女がSEXしている最中に、それは起こった。「嘘つきーッ」「行っちゃあ、イヤ」「お腹の中でガチャガチャ音がする」「好きだったの」「帰ったら許さん」と、彼女が突然叫び出した。前後の脈絡もない意味不明の言葉をすごい形相で叫ぶ彼女は、確かにこの世のものとは思えなかった。男優は怖くなり、彼女を突き飛ばした。

 

 その後、冷静になった彼女と話をすると、自分が何を言ったのか覚えていないと言う。彼女は3人の男に裏切られた。無理やり中絶させられたこともあった。彼女が叫んだあの言葉は、それらの男たちに向けられたものだったのだろう。

 

 3人の男との出来事は現実だったとしても、私には彼女が自分の中に妄想の世界とでもいうべきものを作っているように思えた。それは彼女からこんな話を聞いたからだ。

 

 14歳のとき、彼女は家にあった1本のビデオを見てしまう。そこには母親と知らない男の人が映っていた。お母さんはその人のオチンチンをくわえさせられていた。そのうちにお父さんも出てくる。それはスワッピングのビデオだったのだ。いつも厳しくてしっかりしているお母さんが、陰ではあんなことをしている。お母さんは本当はああいう人だったんだと、彼女は思ったと言う。

 

 それまでの彼女にとって、お母さんは手本であり、生きるうえでの精神的な柱であった。それが音をたてて崩れ落ちていったのだ。14歳の彼女が、もうだれも信じられなくなったとしても不思議ではない。他者が信じられなくなった人間は、自分ひとりの世界に閉じこもってしまう。そこで行なわれるのは自らの頭脳との対話である。

 

 だが、心が不安だから、おのずと思考もネガティブになる。繰り返されるネガティブな思考は妄想の世界を築きあげてゆく。他者とのコミュニケーションが断たれているから、外部への風穴もあかない。

 

 彼女ほどではないにせよ、現代人は大なり小なり妄想の世界を作っているように私には思える。相手の気持ちがわからないとき、たとえば「ひょっとしたら、あの人は嘘をついているんじゃないか」という判断が、やがて妄想の世界に発展していくのである。すべてをネガティブにしかとらえられなくなったら、うまくいくものもいかなくなるだろう。

 

 では、妄想の世界を作らないためには、いったいどうしたらいいのだろう。

 

 それにはなによりも自分の中に精神的な柱を築くことである。言い方を換えれば、それは自分への信頼である。だが、自分への信頼がぐらついたときには、せめて悩みを打ち明けられる他者を持つべきだろう。それは家族かもしれないし、友人かもしれない。そういう人がまわりにいれば、たとえ妄想の世界ができつつあっても、必ず風穴はあくはずである。

 

『色即是空』より


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