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自信のない私を変えてくれたもの


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 私は小さい頃から自信がなかった。

 自信がなかったがために、イケメンで明らかに女性受けする男性から距離を置いていた。「どうせ私なんて相手にしてもらえないだろう」と初めから無理を決め込んで。だから、そういう人にはただ憧れるだけで、絶対に好きにならないようにしていた。だって、好きになったら傷つくのは私じゃない? 告白しても、なんでお前なんかと・・・!なんて言われたくない。そんなちっぽけなプライドをずっともっていた。

 

 でも・・・彼を好きになってしまった。

 彼は、私が哀しくなるほどにイケメンでモテる男性だった。顔だけでなく、おしゃれで、やることもそつなく、優しくて非のうちどころのない人だった。しかも、歳下。もちろん、友達多数。取り巻きの女性も多数。

 私の入り込む余地はないように思われた。あるとき、お酒の席で酔った彼が、私に急接近してきた。傍から見ていたら、セクハラと呼ばれるほどの接近具合。

 お酒の勢いなのかもしれないけれど、私には何か感じるものがあった。

 だからこそ、このまま二人きりになりたい・・・

 という欲求が私の中に生まれていったのも必然だったのだと思う。

 

 チャンスはすぐに訪れた。

 車で彼を送っていくことになり、初めて二人きりになったのだ。

 そのとき、私は「キスしてみる?」と大胆にも彼に聞いていた。

 「うそ!? いいの??」と意外な答えとともに、彼が唇を重ねてきた。

 「キスだけだよ?」と私もそれに応えていた。

 そのとき私ははっきりと聞いたのだ。

 「キスだけで終わるかな?」という彼のつぶやきを。

 そう、彼はそれ以上を求めてきた。唇からうなじへ胸へ・・・徐々に彼の唇は下へ降りてくる。

 そのうち、「舐めさせて」と私のアソコへ唇をはわせる彼。

 狭い車内でまさかの展開に驚きつつも身をまかせる私。

 

 私が一番意外だったことは、彼が自らクンニを求めてきたことだった。

 今までの男達は、私が求めない限りそこまでしてくれなかった。

 彼らはすぐにフェラを要求するので私が奉仕するばかり。

 自らすすんで奉仕をしてくれる行動はとった試しがなかった。

 それが、彼は違った。

 

 このときに気がついたのだ。今までのセックスとは違う世界があるのだと。

 自分自身が好きになった人からうける奉仕のなんと気持ちイイこと。

 しかも、彼は私が憧れつつも一番苦手としていたイケメン。信じられなかった。

 

 車での行為のあと、ホテルへ行った。

 ホテルで、全てを脱ぎ捨てて抱き合う。

 お互いの肌のぬくもりを感じる瞬間。

 まだ一つになってないけれど、本当に幸せを感じていた。

 

 彼のいきり立ったペニスを初めて見る。

 こんなカタチをしてたんだ・・・こんな色をしてたんだ・・・彼が、私自身に欲情してくれている姿が嬉しくて、口をつけ、丹念に舐めていった。美味しい・・・と本気で思っていた。もうどこまでも、舐めていたかった。サオから玉へ舐め降りていったとき、彼はこう呻いた。

 「あ、そんなところまで・・・」

 今までの男は、当たり前のようにそれを要求してきていたので、彼の言葉が意外だった。

 

 フェラチオに感じていた彼が突然、ベッドの上で跳ね上がる。

 何事??と思っていたら、仁王立ちになって私の口にペニスを入れてきた。

 「一度、これがしてみたかったんだ」

 そう、彼は私にイマラチオを要求したのだ。

 実は、私にとってもこれは初めての経験だった。

 喉の奥に彼のモノを受け入れながら、苦しさで咳き込む。

 それでも彼が気持ちよさそうにしているのを見ると、苦しみすらも快感になって奉仕する。

 ドクドク!!と熱くて濃いものが私の喉にほとばしった。

 彼がイったあと、私はその精液を飲んだ。

 「汚いよ・・・!」と私にティッシュを差し出しながら彼が言う。

 今までの男がそれを要求していたため、私は精液を飲むことは慣れていた。でも。これは、イヤイヤではない私の行動だった。彼の全てが愛おしくて、全てを受け入れたかったからした行為だった。

 

 その後、私にどこが感じるのか聞きながら指であそこを愛撫する彼。彼の愛撫に感じて溢れる愛液。それを指ですくいとりながら、彼が「うそ?うそ?」とつぶやいているが聞こえてくる。

 

 感じすぎて私がシーツをつかもうと右腕をのばした瞬間、彼が私の手をとってくれた。

 

 安心とつながりを感じながら、受ける愛撫の気持ちよさに濡れまくっていた。舌や指で丹念に私を昂ぶらせたあと、正常位で私の中に入ってきた。

 

 「早いよ?」と言いつつピストン運動すること数分。

 「うっ!!」と呻いたかと思うと、あっという間に果てた。

 ・・・・

 

 彼と身体を重ねたことにより、彼の心の内を垣間見た。

 セックスをしなかったら、本当の彼を知ることもなかったかもしれない。

 

 それは、外見と似つかわしくない極度の自信のなさだった。行為の最中に私が感じた意外な彼の言動の数々は、それに起因しているのだろう。

 彼は、そんな自分をひた隠しにして生きてきたのだ。そして、実は私自身もそうだった。どこまでも、自分を偽って生きてきた。自己を否定して生きてきた私達。お互いが鏡になって自分を映し出す。

 

 気がつけば、彼を理解するために自分を見つめることになっていった。それは、もうずっと忘れていた幼少期の傷。深い深い心の傷。見つめれば見つめるほど、傷ついていた小さな自分を発見する。彼と真剣に向き合ったことにより、少しずつ自分を解放していった。それは、心の奥底にあった自分の感情との対峙でもあった。

 

 2歳で母を亡くした私が、長年かかえてきた感情の抑制を解くプロセスだった。

 愛に飢えていた自分自身を自分の愛で慈しむプロセスでもあった。

 数年かけてのこのプロセスは、決して簡単なものではなく、まるで嵐の中に放りこまれたかのような凄まじいものだった。

 でも、この嵐を経験できて良かったと心底思う。

 何故ならば、生きやすくなったから。

 心の解放がすすんで、本当の自分自身を生きるということが出来るようになったから。

 こんなに変われるとは、自分自身で不思議ではあるけれど、もう以前の私には戻りたくない。それほどに、変化を遂げたのである。

 

 今までの生き方を振り返ってみて、つくづく「不器用だったな」と思う。不器用なりに生きていくのに必要だったのは、自分の外側の鎧だった。その鎧を見て判断されての自分自身だから、生きづらくてしょうがなかったのだ。

 でも、鎧を脱いだ本当の私を、受け止めてくれる人間関係に心底幸せを感じている。生きるってなんて幸せなんだろうって思う。

 

 最近、相手を信頼することの大切さに気がついた。それは、ひとえに自分自身を信頼することでもある。ずっと、ずっと自分自身を信じることができずにいた私が信頼することに気がついた時、大泣きした。

 「ようやく気がついてくれた!」

 私の中のもうひとりの自分がそれを切望していたのに気がついたのだ。

 

 まさに、彼が私を変えてくれたといっても過言ではない。彼の存在がなかったら、今の私はいなかったのだから。

 そして、私自身にも拍手を送りたい。あの時、勇気を出して、本心から彼を求めて本当に良かったと。

 

 彼との営みを経験して以来、性や心について知識を深めていくことになった。ハウツー本から心理学書、哲学書まで読みあさっていた。自分の体験したものが何であるのか知るために。そうして、代々木監督の著書にであった。私が求めていた答えがここにあると思った。全ての著書とブログを読ませていただき、また、監督の作品をいくつか観させていただき、私の思っていることは間違いではないと確信した。

 

 性は聖なるものであり、生とはきっても切り離せないものだと。心に抱えている問題は、性嗜好に反映する。だから、心の問題をぬきにしては「性」というものは語れないものだと。そして、この「性」のゆがみこそ世の中のゆがみの大もとであると。

 

 今度、彼と身体を重ねる時、彼とまぐわいながら、お互いひとつにとけあうセックスがしたい。今の私達ならできるかも。そんなことを思う今日この頃の私なのである。



甘い蜜の日の裏側で

自分を好きになる