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先生がついた嘘


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 1年間だけですが、学生の時にアルバイトで塾の先生をしていたことがありました。

 九州の田舎で、応募してきた人も少なく、開講して2、3年の小さな塾で小中学生対象ということで採用されました。

 私が担当したのは、小学生と中学3年生の理科・数学のでした。小さい塾に、小学生はたった3人だったので、空いた時間に受験に向かう中学生の授業や問題集の準備などを行っていました。

 

 当時の私と同じ年代の女の子は、基本どこへ行くにもミニスカートでした。

 社会を知らないバカ学生だった私は、TPOなども考えず、着たい服を着て生活していました。当然バイトの塾もミニスカートで行っていたので、子供たちからはすぐに「ミニスカ」と名づけられました。

 塾の職員は、オーナー兼先生の二人の男性と、私のミニスカがかわいく見えるほどのきわどい格好をした事務のお姉さんだけだったので、厳しく叱られることもありませんでした。

 とはいえ、塾ですので、学習だけはしっかりできるよう授業や学習時間はけじめをつけて指導にあたっていました。

 

 20人ほどの3年生の中に、学力はそんなに高くありませんでしたが、真面目に頑張っているKくんがいました。

 Kくんのめざす高校は野球部が有名で、中学で野球部に所属していた彼は、合格に向け努力していました。正直、厳しい成績でしたが、苦手な数学と理科を何度も質問に来る彼がなんとか合格してくれればと思っていました。

 

 あるとき、3年生の女の子が始業前のおしゃべりの時間に言いました。

 「ミニちゃん、Kくんミニちゃんのこと好きとよ! 知っとった?」

 「うっそぉ。知らんよぉ。本当に?」

 その頃すでにミニちゃんと呼ばれ、年が近いぶん話しやすかったのか、私は彼女たちと、ひみつの話やとるに足らない学校での出来事をおしゃべりすることがありました。

 「絶対ひみつよ? Kくんに怒られるけん。知らんふりしとってよ」

 「うそだよぉ。まぁいいや、ひみつね」

 私はドキリとしました。昨日いつものように質問に来たKくんを思い出したからです。

 

 授業が終わって、小テストでわからないことがあると、Kくんは私のところへやって来ました。

 パーテーションに区切られた、名ばかりの面談室で、いつものように問題を解説していましたが、何かのきっかけで、高校に行ったら何がしたいかという話になりました。

 「野球部に入って、レギュラーになって、県大会に勝って……」

 少年の夢は広がります。

 「いいねぇ、私も甲子園応援に行くよ!」

 私は深く考えず夢を語る彼に言いました。

 「ホント? まじで? じゃぁ……、俺が高校受かったらミニちゃん、チューとか、してくれんよね?」

 日焼けして私より少し背は高いけれど、まだ幼さの残るニキビ顔のKくんが、小さい声でプリントに視線を落としたまま言いました。

 Kくんから急に、汗の混じった青臭い匂いがするのを感じました。

 「そうね、考えとく。ほら、もう帰らんと。ね?」

 私はドキドキしながら今できる精一杯の大人の対応をしました。

 「うん、考えとってね! ミニちゃん、絶対」

 そう言うと、Kくんは私の顔も見ないで塾を飛び出していきました。

 

 Kくんが忘れたプリントを片付けながら、私は高校時代、大好きだった先生のことを思い出しました。

 何かにつけ「先生、大好き!」と追い回した日々でしたが、そのたび、先生は少し困った顔をして「卒業したら考えよう」と感情だけで暴走している、幼い私をなだめていました。

 高校生の私は「卒業したら考える=卒業したら付き合える」と勝手に思い込んでいましたが、先生は私が卒業する1年も前に結婚してしまいました。

 先生の結婚を知った日、「うそつき」と文句の一つでも言ってやろうと、先生を探していましたが、渡り廊下の向こう端に先生の姿を見つけると、涙が止まらなくなってしまい、結局何も言えず逃げ帰ってしまいました。あんなにべったり張り付いていたのに、3年生になると、先生の担当教科のないクラスを希望し、卒業式で声をかけられても顔を見ることはできませんでした。

 

 Kくんは「甲子園に応援に行く=俺のことを好き」と思ってしまったのかもしれません。

 昔の自分を見ているような恥ずかしさと、むず痒さ、そして困惑しながらも、男の子に性欲かもしれないけれど、求められたうれしさを感じていました。

 

 それ以降、こちらの心配をよそに、Kくんはまるで何もなかったようにいつものように真面目にコツコツと勉強して、日々が過ぎてゆきました。

 

 3月中旬、すでに滑り止めで受けた高校に合格していたKくんですが、本命の高校入試には失敗してしまいました。

 夕方、結果を報告に来る子供達でにぎわう事務室に、Kくんのお母様から連絡が入りました。

 Kくんが昼に終わったはずの学校から自宅に戻っていない、お友達のところにもいない、塾にはいませんかという問い合わせでした。もちろん来ていません。

 お母様は結果をすでに知っていたので、よけいに心配されていました。

 事務室の子供たちに聞くと、大きな川沿いで自転車をこぐKくんを見かけたと言います。

 すぐにお母様に連絡を入れ、二人の先生も付近を探すことになりました。

 残った私たちは、こちらにKくんが来た時のために待機するよう言われました。

 

 夜9時過ぎに、事務室にお母様から連絡が入りました。

 Kくんは80kmほど離れた、祖母の家をめざして自転車をこいでいるところを保護されたということでした。

 本人曰く、不合格の恥ずかしさで帰れなかったこと、足が悪い祖母が神社の階段を上ってお守りを取って来てくれたのに、申し訳なくて謝りたくなった。祖母に会いたくなったからと……。

 とにかく、大事にはならず、ホッとして先生達に連絡をつけました。

 

 後日、事務室へお騒がせしたお詫びをと、お母様に連れて来られた彼は、まだバツが悪そうにうつむいていました。

 「合格している高校にも野球部はある。お前が強豪にすればいいじゃないか」

 先生に言われてちょっと泣きそうな顔はやっぱりまだ子供でした。

 お母様と先生が、今後についてお話している間、私たちは廊下の長椅子に座って、自販機の缶ジュースを飲んでいました。

 

 「ミニちゃん、あれ、覚えとる?」

 「……うん。残念だったけど、野球はやるんでしょ? 甲子園行けばいいじゃん」

 「俺、合格できんかったけど……今は、ダメ?」

 やっぱり自分の靴に視線を落としたままKくんは私に聞きました。耳が赤く染まっていて、アルミ缶をペコペコ弄んでいます。

 私は「いいよ」と言ってあげたかったのですが、あまりにも幼く、まだ子供の彼に

 「ダメよ。甲子園じゃなきゃチューはせんよ!」と笑って答えました。

 「じゃあ、俺、がんばるけん、ミニちゃん約束守ってよ?」

 「おぅ!」

 赤く染まるニキビのある頬と、残りのジュースを飲み干す男らしい喉仏のアンバランスさが、やはり子供のくせに、大人だと思い込んでいた高校生の自分を思い出させました。

 そしてあの時、あんなふうにしか答えられなかった先生の気持ちも少しわかる気がしていました。

 Kくんも大人になったら、私のように勝手に思い込み、信じていた「大人のウソ」を思い出すのでしょうか。

 

 空き缶を捨てるため、長椅子から立ち上がったKくんが無邪気な笑顔で言いました。

 「あ、俺こないだ初めて教えてもらった。甲子園て、大阪じゃなくて兵庫県ってさ」

 

 この愛らしい少年に、私は4月から、就職して他県へ行くことを告げることもできずに笑っていました……。



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