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上司に恋して…


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 夫の転勤に伴い退職する私の送別会は、そろそろ終盤に差しかかっていました。
 来てくれた人ひとりひとりに、お礼とお別れのあいさつをしていましたが、幹事である彼は忙しそうに動いていて、まだあいさつができていません。 

 私はバイヤーの仕事をする彼のアシスタントでした。
 社内の組織編成のあおりを受け、新しく彼の担当へ異動が決まった時、まわりの人は苦笑いしながら「大変だねぇ・・・」と口をそろえて言いました。
 当時、私が彼について知っていることは、体がたてよこ大きくてクマみたいな風貌だということと、デスクが汚く散らかって一番上の引き出しは常に閉まらない状態であること、大きなひとりごとを言い、時には唸っている、といううわさだけでした。
 席替えで隣になってはじめて、うわさは本当だったと知りました。なによりまず散らかったデスクに唖然としました。うわさを訂正するなら、引き出しは一番上だけではなく、すべて閉まらない状態だということでした。
 私のあいさつも目を見ないで、流している印象でした。
 彼はクマのような大きな体をまるめて、パソコンに向かってブツブツ言っているかと思うと、突然大きな声で
 「・・・死ぬ! これは完全に死ぬ! キツイ!」と言い出しました。
 「!! ・・・どうかしましたか?」
 おどろいて私が話しかけると、彼はこちらの顔も見ないで
 「いや・・・。ひとりごとだから、気にしないで」と返事をしました。

 このやり取りを見てまわりはクスクス笑い始めました。
 「この人いつもこうだから、気にしちゃダメだよ」年配の女性が声をかけました。
 「大きな声をときどき出すけど、咬みついたりはしないから」さらにみんなの笑いは大きくなります。
 「ふんっ」鼻を鳴らして彼は席を立ちました。
 瞬間、ちょっとだけ彼と目が合って、もしかして彼は人見知りして照れているのかなと感じました。だったら、そんなに悪い人ではないかも・・・。
 どちらにしても一緒に仕事をして行かなくてはいけませんので、業務の流れや進捗状況など、一通り打ち合わせました。
 この時、彼に対して仕事はきちんとやっているんだなと、少し安心しました。
 
 数日経ってもあいかわらず、彼の大きなひとりごとは続きました。
 そのたびにみんなが笑うので、少しくやしくなってきました。笑っている人たちより実直に、彼が仕事に取り組んでいることがわかってきたからです。
 なんとなく、思いつきで私は彼のひとりごとを全部拾ってやろうと思いました。
 「うぅ・・・! キツイ・・・」
 「どうしました?」
 「いや、ひとりごとだから・・・」
 そんなやり取りを何度もしていると、彼の言っている意味がだんだんわかってきました。
 「うはぁ!・・・。これは・・・」
 「確かに『キツイ』ですね」
 私は彼のパソコンをのぞき込みました。あと3カ月で季節物の商品を売り切るには、現状の売り上げの数字は悪すぎます。

 彼は意味なくつぶやいているわけでなく、モニターや書類に出された結果を、取引先からの提案や現場からの要望を、大きな声で見た感想を言っているだけだったのです。
 そしてそれを、ひとりで背負い込むから、いちいち説明せず「ひとりごと」で終わらせていたのでした。
 「どこのタイミングで処分を決めるんですか? 去年の数字を見ましたが・・・」
 「いや、去年とは単純に比べられんよ。冷夏で気温もトレンドも違うし・・・」

 後日わかったのは、彼の今までのアシスタントは担当を兼任している人ばかりで、彼は遠慮してひとりで仕事をしてきたため、誰もひとりごとの内容に気付かなかったこと、異動してきた私に、前部署の引継ぎなど残務があるのではと、やはり遠慮していたということでした。
 3か月も経つと、まわりの彼への目は「ひとりごとを大きな声で言う変人」から、「話す声のやたら大きい人」へ変わってゆきました。

 汚いデスクも、関係資料を保管するキャビネットをまわしてもらって整理しました。
 引き出しの奥に蓄えられたお菓子を、共用のキャンディポットを置くことで、とりあえず引き出しは閉まる状態に改善しました。
 スケジュール管理や事務処理など、煩雑な作業を私が担えば、自然と彼が決断し、交渉・計画など本来業務を行う時間はできてゆきます。
 彼の計画や指示に従い、時にはけんかしながら私が動けば、数字として結果が出てきます。
 仕事は厳しいながらも最悪の業績を回避できたことと、変化しどんどんコミュニケーションをとるようになった彼に、私は少し自信を持てるようになりました。
 その頃から私は「猛獣使い」と言われるようになりました。

 冗談を言えるほどに慣れてきた彼は、とにかく口の悪い男でした。おまえ呼ばわりされていましたし、バカやアホといった言葉は常に出てきます。
 お互いさまなので気にはしていませんでしたが、ある時なにかで意見が対立したときに
 「うるさい奴だなぁ、犯すぞ! まじで後ろから犯しまくるぞ! バカ女が」
 「は? どうせ3秒ももたないでしょ? これくらいですぐキレてるし」
 いつものように話していましたが、スッとまわりの雰囲気が、潮が引くように一瞬静まり返りました。
 もともと大きな声なので私たちの話す様子はフロアの端まで届いていました。
 「ちょっと、二人ともいいかな?」

 課長に呼ばれ別室に二人並んで座らされました。
 「仕事熱心なのはわかるけど・・・穏やかじゃないよね。職場だし、女性も多くいるし」
 「はぁ・・・すいません」
 彼は大きな体を小さく丸めて小さく答えました。
 「まぁ、本気で犯したりはしないと思うけど・・・しないよね?」
 「しませんよ! こんな奴犯したりしませんよ!」今度は大きな声で答えました。
 課長は私に向って言いました。
 「そういうことだから、怖がらずに今回は許してあげてくれるかな? 引き続き面倒見てやってくれるよね?」
 「・・・はい・・・」
 先ほどからのやり取りを聞いていて、おかしくて、おかしくて、我慢できず吹き出してしまいました。
 セクハラで騒がれるのを恐れている課長と、まじめに「犯しません!」と答える彼が滑稽で面白かったからです。あたりまえでしょ!と・・・。
 そしてちょっと、心の底がチクリとしましたが、どうしてなのかは、その時はまだわかりませんでした。

 ちょっと意地悪なお姉さんたちから「ほんとに仲良くてうらやましいわぁ」と、嫌味を言われる回数も増えましたが、性的なことは口にせずとも、相変わらず、バカだ、アホだと口の悪さは変わりませんでした。

 もともと変人扱いの彼でしたが、大きなクマのような風貌もあり、潜在的なファンが多かったらしく、結構モテました。しかしながら独身の彼には特定の彼女はいませんでした。
 職場に多くいる既婚女性のアプローチを汚らわしいと無視し、ではまわりの独身の女性はと聞くと、あれはダメ、これはイヤとなまいきに答えました。
 「彼女がいなきゃ、性欲は金で解決する。既婚者と不倫なんて不純だ」
 そう言い切る彼が唯一、好意をもったのは同じグループの未亡人でした。職場の女性のなかでも、一二を争う美しさの彼女は、仕事もさばけてよく出来ました。
 クールな印象と違って、話すと気さくだったし、細やかな心配りのできる女性だということを、仲良くしてもらっていた私はよく知っていました。
 更衣室で着替えていても、女の私がどきりとするほど白くきれいな体でした。「完璧」まさに彼女のことだと思っていました。
 絶対に勝てないだろうな・・・そう思った時、私はこの大柄で口の悪いめんどくさい男を男性として意識し始めているのだと気付きました。

 バレンタインデーの朝、出社すると彼の机にはすでに十数個のかわいい箱が置いてありました。貼ってある符箋には彼が好きな彼女の名もありました。
 「大漁だね。・・・これ、よかったね」そっと彼女からのチョコを指さしました。
 「まぁな! 日頃の行いがいいからな」
 機嫌良くニコニコ笑っている彼に私は少しイラつきました。
 パソコンを立ち上げ、仕事の準備に取り掛かる私に彼が言いました。
 「もったいつけるなよ。おまえも持ってきたろう?早くよこせよ」
 軽く彼を睨みつけると、黙ってカバンから箱を取り出しました。
 チョコ売場で一時間ほど考えて選んだ、ひくほど本命チョコに見えない、かつ義理チョコっぽく安い感じのしないぎりぎりのライン・・・。
 そんな苦労に気付くはずもなく、彼は包みを破りだしました。
 「おい、食うぞ!」
 彼が上品な黒いサテンのリボンをとくと、小さなチョコレートが10粒、真ん中に1個だけフランボアーズの真っ赤なハートのチョコレートが入っていました。
 「どうしたん? おまえも食えよ」
 「私も?」
 「あ、これは俺が食うわ」
 真っ赤なハートのチョコレートをまるっこく大きい指でつまむと、ひょいっと口の中に放り込みました。
 「もらいもんだけど、美味いし、食えって」
 「バカ、私がやったんじゃない。・・・食べるわよ」
 チョコレートを一緒に食べているだけなのに、私の心臓はバクバク音を立てていました。
 なんだか恥ずかしくて、でも嬉しくて、まわりに冷やかされてもかまわないと思いました。
 結婚して子供も産んでいるのに、女子中学生に戻ってしまったようです。
 平静を装うのに精いっぱいで、「美味しい」「もっと大きな箱買えばよかったな」くらいしか言えませんでした。
 その日彼に来たチョコレートは共用のキャンディポットと一緒に箱にまとめて自由に食べられるようにしました。
 「これは持って帰る?」
 彼女からのチョコを見せると彼は答えました。
 「いらん。いつか彼女本体をいただく!」
 「ほんとうに最低!」

 その日のドキドキで、確実に彼に惹かれているなとわかりました。
 と同時に、まったく可能性のないこの恋を、そっと心の奥に沈めてしまおうと決心しました。
 彼との仕事は忙しくも楽しく、私は「猛獣使い」で十分だったからです。
 あわただしい毎日のなかで、たまにちくりと心が痛むことはありましたが、充実した日々はあっという間に過ぎ去り、コンビを組んで3年が過ぎようとしていました。
 突然の夫の転勤に、最初はもちろん単身赴任と思っていました。一緒に転居を望む夫と、父親が大好きな子供に一緒に行こうと言われて、私ひとりのわがままは通せないと思いました。
 彼に相談しましたが、しばらく考えると「バカ、行けよ。こっちの仕事なんとでもなるし、おまえはどこでもやっていける。家族は一緒がいいに決まっているだろ」と答えられました。
 本当は引き留めて欲しかった私は初めて彼の前で泣きました。でも涙の理由は言えませんでした。


 送別会の二次会も終わり、両手いっぱいの花束とプレゼントを抱えて、いよいよみんなとお別れのときが来ました。
 「いままでお世話になったんだから、荷物くらい持ってタクシー拾えよ」と、みんなに言われて、彼が私の手から荷物を取り上げました。
 「最後だからって襲うなよ」「元気で、体に気をつけてね! またね!」

 大好きなみんなの声に送られて、彼と二人で大きな道まで歩き始めました。
 まだ仕事の引き継ぎも残っているし、暇なときはメールする、みんなで出張の時は新居に遊びに行くと、大きな声で彼はしゃべり続けます。
 決して叶うことがないであろう、彼が慰めでいう約束を聞きながら、私は夜が終わらないでこのままずっと、この道が続いたらいいのにと心から思いました。

 私の願いもむなしく、大きな道に出てしまいました。
 タクシーを止めようと手を上げようとする彼に、私は勇気を振りしぼって抱きつきました。初めてふれる彼の体は、温かく、柔らかくて・・・。やはり、大きなクマを抱きしめているようでした。温かい体からドクンドクンと大きな鼓動が聞こえてきます。
 銘柄は知らないけれど、夫とは違うタバコの匂いがしました。その匂いを忘れたくなくて、腕に力をいれてギュッと抱きしめました。ぼろぼろ涙がこぼれてきました。
 「いやだ・・・。帰りたくない、仕事だって辞めたくない・・・」
 泣きじゃくっている私の、言ってもどうしようもないわがままを彼は黙って聞いていました。
 荷物が道ばたに落ちる音が聞こえると、彼は包み込むように抱きしめてくれました。さっきより彼の鼓動は大きく聞こえ、胸が詰まるようなせつなさと温かさにつつまれました。
 ふと、私の下腹部に当たっている彼の硬くなった部分に気付きました。
 彼も同じ気持ちなのかな?
 顔をあげて、彼の表情を見ました。息を少し荒くし、苦しそうに眉をひそめています。
彼の大きな柔らかい手が、私の頬を包み込みました。私の胸の鼓動は頭の中に響くほど、大きくなっています。
 私はそのまま目を閉じ、彼のキスを待ちました・・・。
 ふぅー!!!
 「きゃっ! やだ、何?」
 突然、顔に強い息を吹きかけられ、私はびっくりして顔をおさえました。結果、自然と彼から離れてしまいました。
 彼は大笑いしながら言いました。
 「今おまえ、チュウしてほしかったんやろ? エロいなぁ。エロエロ主婦じゃ」
 「ちがう! そっちがしそうだったから・・・」
 「よし!」彼が言いました。
 「おまえはタクシー乗って、帰って旦那にしてもらえ。俺は今からソープに行ってきれいなお姉さんにヌイてもらう。俺は金で解決する!」
 「そんな問題じゃないよ! だって私はずっと・・・」
 言い返そうとする私の頬をまたも大きな手で、ぐっと挟みこんで変な顔にしました。
 「バカ女、言うな」
 お酒のせいなのか、ちがうのか、彼の眼のまわりは赤くなっていました。
 もうこれ以上、彼を困らせることは私にはできませんでした。

 タクシーに乗り込むとドアが閉まる瞬間、「ごめんな」と聞こえました。
 急いで振り返りましたが、彼はすでに背中を向けて歩き出していました。

 「送別会の帰りですか?」
 泣きじゃくる私に運転手さんはテッシュとあめ玉をくれました。
 あめ玉をなめながら、私は彼が、いかに口が悪く、粗野で下品でめんどくさい男か、帰る道すがらずっと話していました。
 「その人のこと、本当に好きだったんですねぇ」
 「・・・はい」
 見ず知らずの運転手さんに彼が好きだったことを話して、また、心の奥にこの恋を沈めてしまいました。
 結局この恋は、彼に思いを言えぬまま、言わせてもらえないまま、終わってしまいました。
 まだ思い出にはできていません。
 



深いオーガズムを初めて体験して……

彼に教えた女