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女性に読んでほしいコラム


第87章 スーパーコンパニオンよりも

 「ザ・面接VOL.160」でのひとコマ。面接にやってきた2番手の女の子(28歳)のセックスが終わり、エキストラも交えて話をしていたときのことである。

 2番手の女の子は、ふだん温泉コンパニオンをしている。温泉コンパニオンといえば、旅館の宴会に彩りを添え、お酌をしてくれる女性のことだ。でも男と女なんだし、時と場合によってはお客とセックスしちゃうことだってあるだろうと不躾(ぶしつけ)ながら訊いてみた。「温泉コンパニオンはやらない」。毅然と否定する彼女。そうか、しないのか……と思っていると、「するのは、スーパーコンパニオン」。

 話を聞いていたエキストラの元銀行員(36歳)が「興味津々」と言うので、「あんた、務めるんだったらどっち?」と訊くと「スーパーコンパニオン、そっちのほうが楽しそう!」と目を輝かせる。続けて、イベントコンパニオン(43歳)に「あんたは?」と訊けば、こちらも「スーパーコンパニオン」。

 残りのエキストラたちの答えも読めそうな雰囲気だが、アパレル店員(37歳)からは「私はマッサージのおばちゃん」と選択肢にない答えが返ってくる。「それで?」と促すと「チンポ勃たせてしゃぶる!」。損害保険鑑定人をしている子(45歳)に「あなたはスーパーコンパニオンだよね?」と振ると、こっちも「マッサージ師。さわりまくりたーい、いろんなところを」。「それで?」と訊けば「馬乗り!」と言いながら笑う。

 セックスをしないよりは、するほうがいいし、どうせするんなら、まずは私が男を攻めたいというところだろうか。これは、このエキストラたちが30代後半から40代の熟女だから、そう感じているのか。僕はそうでもないと思うのである。

 女がセックスで10感じるとしたら男は1くらいしか感じないというのが喧伝されてきた。まぁ10倍以外にも、数倍から数百倍までかなり幅はあるものの、要は女の快感は男の比じゃないというわけである。

 しかし、僕はこれまで現場で男が女と同じくらい感じ、失神までするのを何人も目にしてきた。加藤鷹、日比野達郎、チョコボール向井、平本一穂、青木達也……。女と同等の快感を体験した彼らに共通しているのは、そのとき「受け身だった」という一点である。

 いま男たちはセックスに自信がないとか、興味がないという。恋愛も難しく、セックスにまで至るのは至難の業だとも。夫婦もセックスレスがもう当たり前の時代だ。とりわけ男はつねに考えて考えて、思考主導で生きざるを得ないという現実がある。だから、恋愛もできない。

 セックスでも男が女を満足させなければならない、そうじゃないと男としてカッコ悪いという刷り込みがある。だから、そのプレッシャーに腰が引ける。本当はそうじゃないのに。もっと言えば「かくあらねばならぬ」という思考が作り出した既成概念を捨てて、感じるまま女の前でヨガッてみれば、もう虚勢を張る必要もなく、本当の自分のままラクに生きられるのに……。

 老子の言葉に「跂者不立」というのがある。「跂(つまだ)つ」とは「爪先立つ」の意。つまり、自分をよく見せようと背伸びして爪先で立とうとすれば、かえって足元が定まらないという意味だ。こんな生き方は“道”から見れば余計なことであり、「無為自然」がいい――と老子は言う。これはそのままセックスにも当てはまる。なぜならば、セックスもまた自然に属しているからである。

 女はヨガる男をけっして見下したりはしない。それどころか、これは余談だが、今回の撮影で卓と玉木が面接に来た女の子から攻められているとき、彼らが声を出すたびに後ろにいるエキストラたちから吐息とも溜め息ともつかぬ「ああ~」という声が聞こえてきた。男がヨガッていると、思わず声が出てしまうくらい彼女たちも共鳴していたのである。