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女性に読んでほしいコラム


第81章 今にいない心

 オーガズムを言葉で伝えるのは不可能に近い。だが、オーガズムを体験した人たちは、その後“今に目覚めた生き方”へと変わってゆく。僕がアダルトビデオを撮りつづけるうえで、それは大きな支えにもなった。

 

 とはいえ、日本が経済的に豊かになっていくにつれ、他者と心を通わせられない人も増えた。撮影現場では虐待などが原因と見られる多重人格の女性や、心が今にいない人たちも少なからずやってきた。だから「オーガズムを撮るのが難しくなったなぁ」とある時期から感じはじめたのである。

 

 「たかがSEX されどSEX」シリーズの中の「欲情と本能とプライドと お嬢様4人の下半身」という作品にはタイトルのとおり4人の女性が出ている。T大学法学部に通うアヤカと准看護師のナナの2人は、性に対する好奇心とお金が必要というのが出演動機だった。

 

 お金のためにAVに出てセックスすることに否定的な考えのアキコと、他人のセックスを見ることで自分のセックスも変わるのではないかと考えるトモコの2人には、体験ADとして参加してもらった。

 

 AV業界とはおよそ縁のなさそうな雰囲気のアヤカに「舐められるの好き?」と訊いてみた。「好きです!」と躊躇のない笑顔。「戸川の舐め方、すごく動物的だよ」と言って、このシリーズの常連となった戸川夏也に僕は目配せする。

 

 戸川はアヤカの股間を押し広げ、ことさら下品な音をたてて舐めつづけた。アヤカは「この音に弱いの、私」と言ってケラケラ笑う。場違いな明るい笑いに戸惑いながらも強引に挿入すると、戸川は本腰を入れて前から後ろから攻め立てる。

 

 戸川が後ろから激しく突きながら「締めてるでしょう。まだそんな余裕があるんだ」と言うと、アヤカは「うん」と言ってまた笑う。講じる手立てをなくした彼が、精根尽き果てたという感じで射精する。見ている体験ADたちの冷めた目が今のセックスのすべてを物語っていた。

 

 最後まで本気で感じる姿を見せなかったアヤカに「絶対抱きつかないのね。どうして?」と訊いてみた。しばらく考え、「抱きついちゃうって『もっとして!』っていう欲望の表われでもある気がするんですよ」という分析的な答え。「そう思われるのがイヤなの?」と問うと、「今まで考えたことなかったから……」とはぐらかされた。この現場は体験ADの心の動きのほうに僕の興味が行っていることもあり、それ以上追及はしなかった。

 

 その夜、遅れて現場に入ったナナは、激しいセックスが好きだと言う。順番としては平本一穂の番だが、僕はふたたび戸川を指名した。アヤカに気持ちをはぐらかされてモヤモヤしていた戸川は、見せ場を意識しながらも、ナナとのセックスにのめり込んでいく。

 

 別室の暗がりで2人のセックスを見ているアヤカに平本が近寄ると、「私もあんなふうに気持ちよくなりたいなー」と切なげに言う。アヤカは初めから平本に好意を持っていたのではないのか……。平本が背後から包むようにアヤカの胸に手をまわし、首筋に舌を這わせる。けれども、今回もアヤカが心を開くことはなかった。

 

 ナナと戸川はまるで恋人同士のように求め合い、互いの気持ちを伝え合い、情熱的なセックスを見せつけた。「やー、いいですね! やっぱ肉食動物は肉食動物と合いますね」と戸川は満足げだ。

 

 「セックスは好きな人と愛情をもってするもの」という信念を譲らなかった体験ADのアキコが今の心境を口にした。「見ていて本当にお互いが気持ちよさそうだったし、幸せそうだったんですよ。本当にそれが伝わってきたから……自分の思っていたことと矛盾することだったので……ショックです」。初対面とは思えない2人の溶け合う姿を目の当たりにして、アキコの拠りどころとするものが揺らいだところで初日の撮影を終えた。

 

 撮影現場の山荘は雪の朝を迎えた。体験ADとアヤカが見守るなか、肉食女子のナナが今度は平本を攻める。平本の下着を剥ぎ取り、男根を貪る。やがて平本も、アヤカにはぐらかされた気持ちをぶつけるかのごとく腰を振る。

 

 昨夜、ナナと戸川のセックスを見たあと、「私はああいうふうにできないだろうし……」と言っていた体験ADのトモコが戸川ににじり寄り、腕をまわし、キスを求めた。トモコは戸川のモノを咥えしごき、自ら股を開いて跨った。これはまったく予想しなかった展開である。残されたアヤカとアキコが動揺を隠せないなか、トモコは本能のまま戸川と重なり、心のこもったセックスを見せてくれた。

 

 体験AD2人の心の動きの着地点こそが、僕の中では裏テーマでもあったから、トモコの情感あふれるセックスを撮り終え、これをエンディングにしようと考えていた。ところが、奥の部屋でいきなりアヤカと平本が絡みはじめた。すぐにカメラをまわす。しかし、セックスにならぬまま、なぜかまた中断された。これまで笑みを絶やさなかったアヤカが、なにもしゃべらなくなった。現場に暗い雰囲気が立ちこめる。

 

 僕は笑顔の消えたアヤカに話しかけた。「なぜ心を開けないか、言ってごらん」。言葉を発しようとするアヤカの声が咳となって出る。心の中で相反するものが戦っている証とも言える咳である。それからしばらくしてアヤカの口から言葉が出る。「おとうさん」。その声はだれにも聞こえなかったけれど、カメラのマイクがかろうじて拾っていた。

 

 時間を置いてアヤカの口から出たのは「いちばん最初がレイプで……身近な人にされた」だった。「誰にされたの?」と問いかけると、ほとんど聞き取れないような声で「おとうさん」と言ったあと、「言えない!」とまるで前言を撤回するかのように叫んだ。

 

 「本当のお父さん?」と僕がたたみかける。「お父さんを責めてるの? そういうことをしてしまった自分を責めてるの? そのとき自分が抵抗しなかった、許してしまった自分を憎んでいたりとか、ひょっとしたら濡れてたんではないかとか……そういう自分を大嫌いになるとか、いろんなパターンがあるのね」。そこまで一気にしゃべったとき、つぶやくようにアヤカが言った。「うん、それもあった」。

 

 「君がそのとき濡れてたとするか。でも、本能はそういうことなんです。濡れるんです。それはだれにも裁けない。本能は自然だから」。僕は心を尽くして諭した。

 

 平本の胸に抱かれたままの状態で聞いていたアヤカに、少しの変化が見られた。「口にしたら少し楽になったでしょう」と言うと、彼女は何度もうなずいた。場の空気が少しだけ和んだところで、今回アヤカがイケなかったのは、平本の責任が大きいというのを落とし所とした。「修行して出直してこい!」。平本もそれに応じる。アヤカはクスッと笑い、平本の頭をなでつつ寄り添った。これはAVを撮りはじめて18年目の話である。

 

 言うまでもなく恋愛やセックスでは“心が今にいること”がとても大切だ。心が今にいられない原因が幼い頃の性的虐待という人に、僕はたくさん会ってきたけれど、全体からすればその数は多いとは言えないかもしれぬ。だが、「いつしか競争社会に飼い慣らされてしまった人」、「過去の出来事といつも戦っている人」と言ったらどうだろう。彼らもまたあの日のアヤカと同じように僕には映るのだ。

 

 “今に目覚めた生き方”をする身近な方法として、静かな場所であれば座っても寝ててもやれる瞑想を紹介したい。

 

 やり方としては、目を軽く閉じて、自分の“息”に心を傾け、息が気道を上下する感覚を意識し、それを持続するという簡単な瞑想である。瞑想に雑念はつきものだから、雑念が湧いたらそれに気づき、また自分の気道を上下する息に意識を戻して、続ければいい。

 

 息という“今”に心を結びつけるこの瞑想で、いちばん重要なのは1日5分でも10分でもいいから、それを日課にするということだ。継続はきっと力になる。偏った思考、過去を反芻してしまう思い、ネガティブな感情に入ったギアをニュートラルに戻すという時間を一時(いっとき)でもいいから日々持てれば、恋愛も、セックスも、結婚生活も、必ずや豊かなものになるはずである。