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女性に読んでほしいコラム


第71章 最も大きな気づき


 ビデオの現場で多くのことを学んできた。それらは本やブログ、メディアの取材などでその都度語ってきたけれど、いちばん影響を受けた学びとは、いったい何だったのだろうかと考えてみた。

 ひとつに絞るのはなかなか難しいが、しいて言えば「本能を育てる」ということになると思う。ビデオの現場だから本能的なる映像が求められるわけだが、これが一筋縄ではいかない。本能的になることに、どこかで躊躇(ためら)いや迷いが生じる。性に限らず、本能的なことを下品であり野蛮だと見なす空気が社会に蔓延している。

 しかし、本能は生命誕生約40億年の記憶に根づいている。自然と湧き上がってくる本能を抑えるというのは、ある意味、自己否定に他ならない。だから、本能は抑えるんじゃなくて、育てて、成熟させなきゃいけないんだと、僕はある時期から強く感じるようになった。

 現場で女の子に「本能というのはね、母性の赤ちゃんなんだよ」と言ったことが何回もある。本能が成熟すると、対人的感性が育ち、人を慈(いつく)しむ心が芽生える。そうして母性が開花するのだ。子どもに甘えられても抱きしめられないという女性に、ここ最近何人かお会いした。

 男の草食化が取り沙汰されてもう何年にもなるけれど、これもまさしく本能が影響している。79歳にして「週2回しないとオレは頭がおかしくなる」と言ってのけた友人がいる。「セックスができる・できないは、男性ホルモンが出ているか否かだ」と彼は言う。

 テストステロンというのが男性ホルモンの代表的なものだそうだが、米イリノイ州ノックス大学の心理学者ティム・カッサー教授の研究によれば、学生たちに15分間銃を扱わせたところ、唾液から通常の100倍近いテストステロン値が記録されたという。

 むろん銃をさわれという話ではない。だが、サーフィンやクライミング(ボルダリング)といった、ちょっと危険を伴うスポーツを僕がすすめるのも、それが脳幹を鍛え、本能を育てることになると思っているからである。

 脳幹とは文字どおり脳の幹をなす部分であり、血圧、心拍、呼吸といった生存のための基礎的反射中枢の多くが存在している。脳を3つ(爬虫類脳、哺乳類脳、人間脳)に分けたとき、脳幹は爬虫類脳に属する。一方、論理的思考などを受け持つのは人間脳だが、人間頭ばかり使っているとテストステロンの分泌は減少してしまうらしい。

 昔だったら日々をあるがままに生きていれば、本能は成熟したのかもしれない。けれども今という時代、なにより体を動かさなくなった。危険を遠ざけ、煩わしいことを避けるようになった。便利な生活を手に入れる代わりに、僕たちは以前よりずいぶんヤワになったのかもしれない。そして、セックスもしなくなったのだ。

 だが、この流れはおそらく止まらないだろう。ますます文明の利器に頼ってしまうことになる。セックスについても、よりいっそう大きな快を得ようとすれば、カネさえ出せば精巧なニセモノが用意されているのだから……。

 渡辺京二著『逝きし世の面影』(葦書房/平凡社ライブラリー)という本がある。幕末・維新の時代、訪れた外国人たちが見た日本の姿を綴っていて興味深い。ほんのさわりだけ紹介しよう。

 〈いまや私がいとしさを覚え始めている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人びとの質朴な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子どもたちの愉しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことのできなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人びとが彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない〉

 これは駐日アメリカ総領事館の通訳を務めたヘンリー・ヒュースケン(1832~61)の言葉だ。もうひとつ、イギリスの詩人エドウィン・アーノルド(1832~1904)の言葉。

 〈その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙譲ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を、人生を生き甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである〉

 ここに描かれているのは、対人的感性豊かな私たち祖先の姿なのである。