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女性に読んでほしいコラム


第64章 続・よいSEXができないワケ

 愛染恭子の「淫欲のうずき」を撮ったのが1981年。いや、売り先も決めずに撮ったから、撮影自体は80年だったかもしれない。この80年代は、アダルトビデオ(という名もなかったけれど)のメーカーが乱立していく時代である。

 手を替え品を替え、いろいろなビデオが大量にリリースされた。だが、その中の何本に本当のセックスが描かれていただろうか? 見ていて派手な、たとえば駅弁のようにアクロバティックな体位、フィニッシュは顔射。

 初期は疑似だった。その後、本当に挿入するようになるわけだが、当時、アダルトビデオの現場ではコンドームを使っていなかった。ナマでしているので中には出せない。寸前に抜いて射精しているところを見せるスタイルが定着していく。女の子の腹や胸に発射していたのが、いっそうインパクトがあり、男の征服欲みたいなものを満たすと考えたのか、顔に射精する形が流行っていく。

 処女と童貞がラブホに行って、駅弁を試みたり、顔射しているという噂が業界をかけめぐっていた。セックスは人には聞きづらいし、他人のしているのを見せてもらうこともできないから、アダルトビデオがいつしかセックスの教科書になっていたのだ。セックスでないものを真似しても、よいセックスはできない。

 これじゃあマズいなぁと思った僕は、見せ物ではない本当のセックスを撮ろうとした。ご存じの方もいるだろうが、90年にリリースした「中に出して!」という作品である。

 出演しているのは、日比野達郎と加納妖子、加藤鷹と樹まり子という当時話題のカップル。本当につきあっている二人をキャスティングするのは、この業界の御法度であったが、僕は作品の意義を話し、「頼むよ」ということで出演してもらった。

 日比野と妖子は一緒に生活していた。僕の申し出にOKはしたものの、やはり人前で仕事じゃないセックスをするのはつらいのだ。その抵抗感は男である日比野のほうが強かった。妖子にも抵抗はあったはずだが、たとえそういう場でも女は男を包み込んでいく。一瞬たりとも離れたくないというように、二人はお互いの肌を合わせた。

 一方、鷹とまり子はお互いを思いながら、仕事が忙しくて、なかなか会えない日々が続いていた。そして撮影の日を迎える。ふだんなら挿入部分を見せるために、男優は女優の体に密着しないのがこの業界の暗黙のルールだ。売れっ子の彼らは、そんなことくらい言われなくてもわかっている。

 しかし、本当に愛している相手とのセックスでは、肌と肌を合わせてぬくもりを感じていたいのだろう。鷹とまり子もぴったり密着した。見つめ合ったまま抱き合い、激しい動きはない。副音声ではマグナム北斗が「ぶさいくなキスやなぁ」と言っている。「鼻と鼻をよけりゃいいのに」と。だが、二人にとって「ひとつになりたい」という思いの前では、鼻の映り方などどうでもいいのだ。

 タイトルの「中に出して!」は、まり子がセックスしているときに言った言葉だ。前述したが、当時の現場ではコンドームをしていない。

 全編とおして派手さはない。形だけ見ていたら早送りしたくもなるだろう。けれども、ひとたび見入ってしまうと、男と女はここまで求め合うのかと思い知らされるはずだ。恋している同士のセックスって、やっぱりこういうことなんだよなぁと。