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第56章 何のためにセックスするのか?

 

 何のために人はセックスするのか? あらためてそんなふうに問われると、答えに窮する人もいるかもしれない。「ザ・面接」に出演した女の子たちの声をいくつかアトランダムに拾ってみる。

 

 花嫁修業中のさな(22歳)は、親が1500万もする高級外車を買ってくれるほど、お金持ちのお嬢さんだ。体験人数は20人くらいだと言う。出演動機は「エッチがうまくなりたい」。誰かから「ヘタ」と言われたわけでもないのに、本人としては「万人ウケするセックスがしたい」ようなのだ。なにも万人にウケずとも自分の好きな人とだけ合えばいいように思うのだが、今の時点では誰と結婚するかわからないし、セックスが理由で、結ばれるものも結ばれなくなるのはイヤだということだろうか。彼女の話を聞いていて気になったのは、セックスを「うまい・ヘタ」でとらえていることだった。

 

 面接官は森林と優作だが、さなは優作を選び、ある程度までは行くのだけれど、優作が中折れする。そこで森林が行くが彼女は相手にせず、結局じったが行く。ところが「気持ちいいんだけど、勉強にならない」と言って、彼女は途中でやめてしまう。それを見ていたエキストラたちの感想を聞いたあと、最後にカメラを向けると「まだまだ上を目指そうと思います」と言う。僕は「もう目指さなくてもいいって、みんな言ってるよ」と言ったあとで、「3人いたじゃない? どの人が一番よかった?」と訊いてみた。優作か? 森林か? じったか? しかし彼女の答えは「あんまり覚えてない」であった。

 

 当然ながら聞いた男優はガッカリする。けれども、これはさなに限ったことではない。別の回に出演したかすみ(26歳)という女の子も、終わったあとに感想を求めると「さっぱりしました」と答える。続けて「誰としたか、覚えてる?」と訊いてみたが、返ってきたのは「覚えてない」だった。べつに男優の名前を知らないとか、そういう話ではない。もちろんその場で「あの人としたでしょ」と指させば「ああ、そうだった」と言うはずだが、要するに「誰としたか」は覚えてない程度の印象しか残っておらず、そこには関心がないということだ。

 

 なぜこういうことになるのか? それは冒頭に書いた「何のために」セックスするのかとじつは関わってくる。それを書く前に、もう2人ほど紹介しておこう。

 

 空港職員の由恵(26歳)は「2年間セックスしていない」と言う。彼女の体験人数は4人。職場でそういうチャンスがなかったのかもしれない。ともかく彼女はセックスがしたいのである。たとえば複数の男からされて、上の口も下の口もふさがれ、まわされることだって、「それもアリよ」と答える。彼女のセックスを見ていて、僕はもう充分だろうと思っていた。ところが、そうでもないようだ。市原が「満腹を10としたら、どれくらいや?」と訊くと「1.5」と答える。その後、別の男優としてもまだ「5」だった。

 

 化粧品販売の佳子(30歳)の出演動機は「今まで男性とエッチなことをしてもイッたことがないので、こういう所でそれをお仕事にしている方だったら、うまくイカせてもらえるかなと思って」というもの。面接官は片山と銀次。2人は例によっていきなり強引に責めていく。言葉なぶりも加わり、股間をガン見していると「今、シャワー浴びてないから」と言う。この抵抗はいい感じだなと思った。ところが、彼女は次第に自分の言葉に酔っていく。「舌使いが上手」「いやらしい音がする」「興奮しちゃう」……。そして自分の世界へと入っていくのだ。そのうちに「もっと激しくして!」「もっと! もっと!」と注文が出てくる。見せ物としてはいやらしいのだけれど、これでは自己完結で終わってしまう。

 

 彼女たちは何のためにセックスをしていたのだろう。さなは「エッチがうまくなりたいから」。由恵は「2年間セックスしていない」ので、欲求不満が溜まっていた。佳子は「イッたことがないので、プロの男優ならイカせてもらえると思って」。理由はそれぞれ違うけれど、3人ともセックスが「手段」になっている。うまくなるための手段、欲求不満を解消するための手段、イクための手段。これ以外にも、なかには男をつなぎとめるためにセックスしている人もいるだろうし、枕営業のように仕事の成績を上げるためにセックスしている人もいるかもしれない。

 

 だが、「手段としてのセックス」をしている限り、相手とはつながれないのである。では、「手段ではないセックス」とは、いったいどんなものだろう。次にその一例を紹介する。

 

 真弓(37歳)はエキストラの1人として「ザ・面接」に出演した。以前にも書いたことがあるが、僕はエキストラの中に仕込みの子を用意する。彼女とは事前に会っていたが、「やりたくなったらやってもいいけど、やりたくないときにはやらなくていいよ。それは撮ってもしょうがないからね」と言っておいた。とはいえ、彼女の中に「私はセックスするんだ」という意識がどこかにはあったはずだ。だからこそ「さあ、やるよ」では面白くないし、彼女も「どういうふうにやろうか」と思考が働く。そうさせないためには「まさかこんなところで」というタイミングが重要になる。

 

 2人目の面接が終わり、その感想を真弓に聞いているとき、片山と銀次と森林が彼女を囲み、森林が彼女の指を舐めはじめる。そのまま森林の舌は耳へ……。いつしか片山も反対側の耳を舐めている。「固まってるから穴ほぐしてたるわ」と市原。あれよあれよという間にパンティを脱がされ、みんなの前でアソコを指でいじられて、真弓はなすすべがない。複数の男たちに体じゅうを愛撫されたまま、銀次のそそり立つ男根が口の中に入ってくると、彼女はたまらずしゃぶりはじめる。テーブルに手をつき、立ちバックで銀次のが挿入されると、「まだダメ、動いちゃダメ」と言うが、おかまいなしに突きながら、銀次は彼女の顔を斜め後ろに向かせて、「ちゃんと見てごらん」と彼女の目を見る。そして「気持ちいいだろ」とやさしく耳元でささやくと、真弓はぼろぼろと涙をこぼした。「もうここまで来たんだ、銀ちゃんに甘えろ」と僕は言った。ソファに移ってからも、彼女は銀次の目を見ながら「銀次さん、気持ちいい」と涙を流しながら高まっていく。見ていた他のエキストラたちも、一様に「胸がいっぱい」「泣きそうになっちゃった」と真弓のセックスに感動している。

 

 真弓は意表を突かれたのだ。突如始まった自分へのちょっかいに考える間もなく、みんなの前で辱めを受け、気づいたときには相手である銀次と向き合わざるを得ない状態になっていた。だから、「誰としたかは覚えていない、そこにはそもそも関心がない」という状況とは違い、「銀次とした」のである。相手の心とつながれたからこそ、あの涙は溢れ、それは見ている者たちの心まで熱くした。真弓は決して「何かのために」セックスをしたのではない。「手段ではないセックス」とは、このように「生まれながらの心」が「交わる」ことであり、究極的に溶け合って瞬間恋愛に陥るということである。