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第4章 尽くしているのにフラれてしまうのはなぜ?

 いろいろな女性と話していると、男に尽くしたすえにフラれてしまう人が決して少なくないことに気づく。なかには、相手が詐欺師のようなトンデモない男だったというケースもあるかもしれない。

 ただ、「私はこんなに尽くしたのに……」と言う女性には、共通したタイプがあることもまた見えてくるのだ。彼女たちは「こんなに尽くしている」という思いを無意識のうちにも自分自身に言い聞かせている。

 この“尽くしている感”の中に身を置いていることが、きっと彼女にとっては幸せなのだろう。しかし、それだけにとどまらず、この“尽くしている感”をどうやら相手の男性にも言葉や態度でアピールしているようだ。だが、それでは尽くすたびに、相手に貸しを作っていることになってしまう。

 この場合の「尽くす」の正体は、「愛」ではなく「依存」だと僕は思う。自分のそばに置いておきたいから、あるいはずっとこちらを向いていてほしいから尽くす。裏を返せば「去られたくない」「失いたくない」という思い(依存)が行動原理になっている。

 さらに言えば、「尽くされる」側の男も同様に「依存」なのである。男の中にひそむ母性の原風景とでもいうべきものに甘んじているに過ぎない。お互いがお互いに寄りかかった状態においては、残念ながら真の恋愛が芽生える可能性はない。

 「尽くす」女性のほうに話を戻すと、尽くしている彼女の中には「失いたくない」と同時に「もし失ってしまったら」というネガティブな想定も存在している。だから、自分の思いが通じないとなれば、ここぞとばかりにこれまでの貸しを訴え、相手をなじることになる。これは「排他」である。

 「依存」と「排他」はいっけん相反する方向性のように思われるけれど、ちょっとしたキッカケでスイッチが切り替わるのが、このケースの特徴なのだ。

 では、どうしたらいいのだろう? 愛する人に尽くすなと言いたいわけではない。恋愛が上手くいっている人の場合は、「尽くす」という意識そのものがない。あるがまま、自分の感性に従った結果、傍目からは、それが尽くしているように見えるというだけだ。当然ながら、これだと貸しなどは作らないから、相手も負担にならない。

 依存関係をあたかも恋愛だと思い込んでいる女性たちが増えているように思える。これは「本能」の未成熟に起因するところが大きい。あなたの場合は「恋愛」だろうか? 「依存」だろうか?