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女性に読んでほしいコラム


第25章 結婚の新しいかたち

 セックスに限らず、人とつながるのが苦手な人が増えている。もちろんそこには個々の原因があるのだが、女の子たちと話していると、本人が自覚している・していないにかかわらず、幼いころの親との関係が根っこにあると思われるケースが驚くほど多い。

 

 つまり日本の家族が、もはや機能しなくなっているのだ。「核家族」とはそれまでの「大家族」に対して生まれた言葉だ。1組の夫婦と未婚の子どもから成る「核家族」が、戦後、地方から都市への人口流動によって一気に増えた。高度経済成長がもたらす夢の生活が、そこには待っているはずだった。

 

 だが、資本主義社会が水面下で求めていたのは、安価な労働力の確保であり、消費者の拡大ではなかったのか? 経済競争は「家族と過ごす時間」をも「働く時間」に充てさせた。

 

 「大家族」という共同体は骨抜きにされ、誕生した「核家族」も一家の中心を(共働きならば2人とも)企業に取り上げられた。家族崩壊の行方は、現在急増している「単身世帯」を見ても明らかである。こんな現状の中で、いちばん大事な時期に子どもが親から充分な愛情を受けることなど、それこそ夢物語ではないのかとさえ思う。

 

 だから、親子の関係を修復するためには、まずは「家族」が再生しなければどうにもならないんじゃないかと思うのである。では、どうしたら「家族」が再生できるのだろうか?

 

 中国の雲南省に「モソ人」という少数民族がいる。彼らは「大家族型」の「母系社会」で、「通い婚」がいまだに行なわれている。「通い婚」とは、男が女の家に夜だけ通ってくる。通ってくるのであって、そのまま一緒に暮らすわけではない。2人の間に子どもが生まれても基本的にそれは同様で、男は自分の実家へ帰っていく。

 

 「だとすれば、生まれた子に父親は不在なのか?」と思われるかもしれないが、モソ人は子を産んだ女性の男兄弟たちが父親代わりをする。もともと大家族なので、一家全員でその子を育てるということだろう。だから、実家へ帰っていった生物学上の父親も、ひとり寂しい思いをしているわけではなく、自分の実家で生まれた女兄弟の子どもを父親代わりとして育てていくのだ。

 

 大家族なので大人たちはたくさんいる。自分の子ではなくても血のつながった家族には変わりない。いや、一夫一婦制ではないので「自分の子」という概念すらなく「わが家の子」なのだろう。

 

 「通い婚」の場合、女に対する愛情がなくなれば男は来なくなる。女の側も嫌いになれば拒絶できるし、別の男を呼んでもOKなのだ。日本人から見ると、「節操がない」と思うだろうか? しかし、事前面接や現場で既婚女性が「セフレが○人いる」と言うのを毎回のように耳にすると、いまや日本で一夫一婦制は実質的には成り立っていないようにも僕には見えるのだ。

 

 「通い婚」がいいなと思うのは、まず、幼い子どもにとって母親が安定しているという点である。お嫁に行くこと自体が、もうストレスなのだ。母系であれば嫁ぐ必要がない。家族みんなが親みたいなものだから、その子に注がれる愛情はふんだんにある。そこで育まれた、世界への、そして自分自身への信頼感こそが、人とつながるためのかけがえのない土台となるのである。

 

 家族再生のヒントとして「通い婚」があるのではないかと僕は思うのだが、どうだろう?