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女性に読んでほしいコラム


第19章 心が折れそうになったときに

 「なんで、これだけのことでこんなに感じるの?」「自分で何を言ってるのか覚えているのかな?」

 

 一匹のメスに戻ったように乱れつづける吉沢あかねを見て、そのOLは軽蔑を込めて言い捨てた。彼女は資産家の家に生まれ、良家の子女が行く大学を卒業していた。そんな彼女から見れば、あかねや僕などはきっと低級で愚かな人間に映ったことだろう。

 

 ロケに使った別荘は、出前も来ないような場所に建っている。だから期間中はみんなで自炊する他ない。そのときのロケでは、あかねが全部料理を作った。あかねのネギの刻み方、キャベツの切り方、ジャガイモの皮の剥き方、味噌のとかし方を、彼女はそばに立ったままじっと見つめていた。そして「料理、できるんだ」とポツリと言った。包丁さばきを見れば、きのうきょう始めたのではないことが彼女にもわかったのだろう。

 

 別荘にはベッドルームが3部屋あったが、あかねは全室を掃除し、ベッドメーキングもやった。それも部屋に人がいないときを見計らってサッと済ませてしまう。撮影の合間に話をしてみても、話題が豊富だし、冗談も飛ばせる。

 

 そんなあかねも、かつては自殺を試みるまで人生をすねた時代もあった。いろいろなものを乗り越えてきている子である。そんな体験を通して、あかねは自分の中に柱が立ったのだと思う。そしてOLのほうは、その柱が外側にあった。だから、あかねはOLにどんな目で見られようと、何を言われようと、平気だったに違いない。

 

 撮影が進むにつれて、だんだんOLのあかねを見る目が変わっていった。あれだけ軽蔑していた彼女があかねを受け入れ、そこから何かを学んだのだ。最後の晩、テラスでOLが言った。

 

 「ふだんの生活で、生きててよかったなあって思うことってあんまりない。自分の本当にしたいことと違うことをしてる。そしてそれを知っている。そういうことが社会に出てから特に多かった。今、月や星を見ていて、生きてるなあって思う」

 

 この作品はあかねの引退作だった。本人の希望でテロップには彼女の本名を載せた。そんな彼女が、閉ざしてしまった一人のOLの心を結果として開くことになった。

 

 生きていると、人が信じられなくなったり、自分さえ信じられなくなったりすることがある。だが、それすらも自分が成長するための一つのプロセスではないかと、多くの人たちを撮ってきてあらためて思う。

 

 痛みや苦しみ、挫折の大きさには大小があるだろうが、それらはすべてその人の成長に見合ったものなのだ。ただ、その渦中にいるときには、とても乗り越えられそうにもないと思えてくる。だが、越えられないハードルはない。

 

 そのハードルを乗り越えた人間は、いずれ他者を救うことになるだろう。ちょうどあかねのように。その他者とは何年か前の自分であるのかもしれない。