TOP女性に読んでほしいコラム > どうすれば「出会える」のか?

女性に読んでほしいコラム


第2章 どうすれば「出会える」のか?

 人が何か行動を起こすときには、「本能」「感情」「思考」のいずれかが源泉になっている。たとえば、お腹が減ったのでご飯を食べる、眠いから寝る――これは「本能」。感動的な映画を見て泣く、あまりの腹立たしさに相手を怒鳴る――これは「感情」。雨が降りそうなので傘を持っていく、ダイエットのために甘い物をがまんする――これは「思考」。


 だれにも「本能」「感情」「思考」が備わっている。でも、3つがまったく等分かというと、人によって偏りがある。だから私は初対面の女の子を面接する際、その子の精神活動のよりどころが「本能」系なのか、「感情」系なのか、「思考」系なのかを見極める。タイプによって、こちらの質問の仕方も変わってくるからだ。


 〈第1章〉で愛する人に出会えないのは、社会性というフィルターを通して相手を見ているからだと書いたが、これが顕著なのは「思考」系の人間である。「本能」系や「感情」系は、社会性の縛りを受けにくい。ただし、その人数はとても少ない。なぜならば、現代は「思考」がイニシアティブを取っている。社会の中枢は「思考」系人間で占められ、「思考」系を育てる仕組みが張り巡らされている。恋愛が減っているのは、「思考」系が増えていることが大きく影響している。


 「本能」系や「感情」系の人間ならば、かりに今、恋人がいなくても、遠からず愛する人と出会う可能性は高いだろう。だが、精神活動のよりどころが「思考」系の場合は、意識のレベルを上げていかなければ、なかなか愛する人とは巡り合えない。


 では“意識のレベルを上げる”とは、どういうことなのか?


 レベルが上がるほど、意識は柔軟になり、下がれば硬直化してゆく。意識を水にたとえるとイメージしやすいかもしれない。水の場合、温度が上がれば、水(液体)から水蒸気(気体)に変わる。逆に温度が下がれば、水(液体)が氷(固体)になる。水蒸気になった水の分子は自由に飛び回り、窓を開ければ外に出ていくこともできる。でも、コップの中の水が自分から外に出ていくことはできない。もっとも、コップを倒せば水は出ていく。しかし、氷だとそれも無理である。


 心が氷の状態とは、表現としてもよく用いられるから、恋愛を始めるには程遠いことがイメージしやすいだろう。では、氷とは逆に、心が霧のように自由な状態はどうしたら訪れるのだろう?


 一言でいえば、それは自分の価値観に“執着しない”ことだと僕は思う。執着が始まると、意識のレベルは下がり、心は硬直化してゆく。ひとつのものにこだわり、それを手放すまいとすることは、それ以外のものを選べないばかりか、固執したそのひとつさえも結果的には失うことになりかねない。
 

 社会的な縛りから解放され、意識レベルが1つ上がると、「本能」は進化し、「エロスセンター」「本性センター」「動作センター」と3つのセンターが確立する。また「感情」は「感性」へ、「思考」は「知性」へ変容を遂げる。この5大要素がそろって初めて依存関係ではない本当の恋愛が可能になる。そして、恋愛を成就させようと思えば、成熟した「本能」に根づいた「感性」、特に「対人的感性」が必要不可欠となる。「対人的感性」というのは、音楽や絵画などの芸術を解する「対物的感性」と違って、人間の内的美醜や慈悲性といった「本能」の成熟度を洞察し対応する能力である。言うなれば“相手の本当のよさに気づく力”なのだ。
 

 しかも、霧のように広がった「本性」「感性」「知性」は、相手との共鳴を起こす。そこに物理的な距離は関係ない。だから、昨日までまったく知らなかった人とも、今日、予期せぬ場所で出会うということが起こり得るのである。