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第14章 オーガズムとは何か?

 これまで、オーガズムについて書いたり話したりしてきた。「オーガズムとは何か?」と訊かれれば、「エゴの崩壊」「社会性の死」「溶け合う」「一体感」といった言葉を使いながら説明した。だが、それでオーガズムを言い表わせたかというと、とてもそうは思えない。いや、それどころか、オーガズムを言葉で説明すること自体、そもそも無理なんじゃないかとも思うのだ。

 

 言葉にすると、人はどうしても頭で理解しようとする。オーガズムとは「体験」であって、極論すれば体験した者にしかわからない。30年間アダルトビデオを撮ってきて思うのは、オーガズムとは“副産物的なもの”だということだ。セックスに熱中したり、自分が無になったときに、結果としてオーガズムが起きる。逆に、オーガズムを目的にセックスをしても、なかなかそれは起こらない。

 

 究極のオーガズムでは体験者自身がいなくなってしまう。私自身の消滅なのである。たとえば失神を例にとると、失神している間、自分はいない。失神する直前に快感の津波が押し寄せてきたのはきっと覚えているだろう。失神から覚めたあとも、むろん記憶にある。しかし、その間の記憶は欠落している。

 

 オーガズムを体験すると、まるで別人になったかのように「宇宙とか、世界とか、全部、私の子宮の中にあるものだった」とか、「監督は姿かたちのあるものしか表現できない寂しさがある」などと言い出す女性もいる。オーガズムによって彼女たちにいったい何が起きたのだろうか?

 

 宇宙の真理を悟ったかのような言葉を口にしたからといって、オーガズムのさなか、人智を超えた何者かに彼女たちが出会い、教えを授かって戻ってきたということではないだろう。このあたりが言葉で説明するのが難しいのだが、あえて言うならば、自分が「世界そのもの」と同化してしまったのではないかと僕は思う。「世界」とは「宇宙」と言い換えてもいい。要するに「すべて」という意味である。

 

 それまでは自分の立ち位置から見える限られた風景がすべてだったとすれば、その自分がいなくなり、場そのものと同化してしまうわけだから、もう見えないものはない。客観的に相手のことも自分のこともわかるのである。というか、相手すらも自分の一部なのだ。そういう視座の変化を彼女たちの言葉に感じる。

 

 だから、撮影前には「問題を抱えているなぁ。なんでこういう言い方するかなぁ。ずっと一緒にはいたくないよな」と思える子も、現場でオーガズムを体験し、その後に話すと、その子の出しているオーラが先ほどとは打って変わって心地いい。「ずっと一緒にいてもいいなぁ」と思えるほどに。

 

 オーガズムがもたらす気づきによって、それまで苦しみを生み出していた「執着」からも人は自由になれる。その後はずっと執着のない人生を送れるかというと、これがそうもいかない。執着が始まることもある。それは人間が肉体を持っているかぎりは宿命だと思う。肉体があるから腹が減る。となれば、カネも要る。そこから再び執着の中に引きずり込まれることもあるのだ。

 

 けれども、元の木阿弥というか、完全にオーガズム前に戻ってしまうかといえば、そんなことはない。去年、冬の寒さを体験した人は、今年初めて体験する人とはやはり違うのである。たとえ一度でも世界と同化し、真理を垣間見れば、もう他人のせいにはしないだろうし、すべては自分が作り出していることを深いところで理解しているはずだから……。